記憶の齣

【11〜20】




「サルビア」
子どもの頃
庭に咲いていた赤いサルビア
細い花を摘まんで蜜を吸う
蝶になれると信じて
甘い夢を散らして
でもね
背中に羽は生えて来なかった
蜜には毒があるから
羽は半分しか育たなかったのだと
今は思っている


「傘ハウス」
雨降りの翌日
晴れた庭に傘が開いて干してある
テントみたいだね
3つの傘を重ねて傘ハウスを作る
幼かった体には丁度いい大きさ
見ると 既に蟻の住人が
餌を運んで
行列してる


「射的」
景品が欲しいんじゃない
構えた時の
反転する空気の緊張感が好きなんだ
視界が窄まり
祭の雑踏が遠退く
一瞬の静寂
僕は 欲望に駆られてトリガーを引く
今日の戦利品は
君がくれた赤い金魚1匹


「落ちた三日月」
カーペットの上に
細い三日月が落ちていた
間接照明の脇にも一つ
棚の上にも一つ
窓の向こうには削られた三日月
猫は長い髭を靡かせ
部屋の隅で毛繕い
「これは 君の仕業だね?」
僕は3つの三日月を扇のように翳した


「橋」
橋を渡ると
そこは あべこべの世界だった
右にあった建物は左に
左にあった物は右に変わった
いつもの通学路で
僕は迷子になった
まるで鏡の世界だ
もう一度橋を渡ったけど
今 僕はどっちの世界にいるのだろう?


「黄色」
小学校では
何もかも黄色い色にされた
レモンだったら好きだけど
黄色の傘と長靴は嫌い
タンポポの花は好きだけど
黄色の帽子とカバーは嫌い
黄色く塗られるのが嫌だった
同じになるのが嫌だった
だから僕は
白い綿毛になって飛ぶ


「天井」
赤ん坊は目を閉じている
僕はその赤ん坊を上から見てる
知らない女の人と
母が話している
人形に囲まれた部屋
心は遊離している
天井の染みと
母が巻いてたネッカチーフの柄は
今も鮮明に覚えている


「皮膜」
遠回りして来た
誰にも訊けなかった
この手が求めていたもの
世界は皮膜に包まれている
僕はまだ 抜け出せない
僕は知らなかった
この世界ではまだ
僕は産声さえ上げていないという事


「怪獣」
ドレスの人形じゃなくて
怪獣が欲しかった
バレリーナじゃなくて
怪獣が欲しかった
ピンクの首飾りじゃなくて
怪獣が欲しかった
ぬいぐるみじゃ戦えない
冷たい悪口を吐き散らす連中に
絶対負けない 強い心の怪獣が欲しかった


「空」
都会では
高いビルばかりが並んでいた
見上げると
僅かばかりの空が見えた
でもね
晴れているのに薄い靄に包まれて
青くないんだ
地上のビルが反射してるのかな?
だとしたら
夜の星は
地上に蠢く無数の命の反射かもしれないね